2017年11月24日

原田 治さん

昨年の今日、原田 治さんがお亡くなりになりましたもうやだ〜(悲しい顔)

その知らせを聞いたときは、あまりに急なことでショックが大きく、嘘だ嘘だ、ものすごく悪い冗談だ、と何度もつぶやいていたことを思い出します。


今日は原田さんとの思い出話を綴ってみたいと思います。

そもそものきっかけはこちらのブログ記事⇒2011-12-22 ウチナー産・牛と豚

こちらの記事を読まれた方が、当店にご来店頂き、「著名なイラストレーターの方が、こちらのお店にこられてますよ!」と教えてくださいました。

お名前を聞き、どの方かすぐに分かりました。何度もご来店頂いていた方でした。
分かって以来、次にお越し頂いた時に、図々しくもダメもとで当店のロゴを依頼しました。

原田さんは、”好きなお店だから”と特別に、快諾してくれました。
しばらくすると、恐れ多くもイラスト案を3つもFAXで送ってきてくださいました。
お鍋から湯気がボワッと出ているお鍋に”petite rue"の文字のもの、お魚やトマト、ワインなどの食材が並び、そのうちの一つ、ブタさんの体に”petite rue”と書かれたもの、そして最終的に決定した、ちょっとパリの路地を思わせる素敵なイラストです。

DSC05820.JPG

ロゴには僕がお願いして原田さんのサインを入れて欲しいと伝えたところ、"o.h"の小文字も入れて貰いました。
原画とラフデッサンは大変貴重なので、大切に保管しています。

原田さんのイメージの色で看板を取り付けた時には、原田さんのブログでも当店のことを紹介して頂きました。⇒2014-11-23 那覇のビストロ

2011年にお会いしてから、最後にお会いできたのは昨年の夏になるので、5年間のお付き合いでした。

時には、邪馬台国について書かれた本をプレゼントして下さったこともありました。⇒2016-01-30 邪馬台国日乗

読み終わると邪馬台国は沖縄・北谷だった!と思える内容のロマンのある歴史解読本でした。

また最近わかったこともあるのですが我が家に飾っている数少ない絵画の一つに”ラウル・デュフィ”のデッサンがあるのですが、

DSC05837.JPG

なんと原田さんもお好きな画家の一人だったみたいです。

西欧近代の画家で、誰か一人の天才を選ぶとしたら、言下にぼくはヴァン・ゴッホと答えるでしょう。子供の頃から好きで、今もやはり天才を感じます。しかし、誰を最も好きかと聞かれたら、迷わずぼくはラウル・デュフィの名をあげたいと思います。
(原田 治『ぼくの美術帖』 ”ラウル・デュフィ” p.29より)

我が家のラウル・デュフィの作品も見てもらいたかったです。

 お店に来られるときはいつも大きなトートバッグいっぱいに書籍や食料を積めて来られていた姿が印象的で、今もふらっと入って来られんじゃないかと思うときもあります。
そして原田さんとの思い出が鮮やかに蘇ります。

逢いたくなったときの分まで
寂しくなったときの分まで
もう一回 もう一回
もう一回 もう一回
君を強く焼き付けたい

(Mr.Children ”HANABI”より)

最近の得意料理をお楽しみ頂きたかったです。
お会いできたことを光栄に思います。
本当にありがとうございました。
posted by プチット リュ at 06:29| Comment(0) | TrackBack(0) | お店