2014年05月11日

田部さんありがとうございました。

以前、FC琉球GMだった田部和良さんがお亡くなりになりました。

部さんとの出会いは、2006年。フランスで修行していた頃、小旅行で当時グルノーブルという街でプレーしていたサッカーの大黒選手を見に行った時です。

田部さんとの思い出⇒http://petiterue.sblo.jp/article/62322630.html

その時練習を見ていたのは、取材されているスポーツ新聞の記者の方と僕たち二人くらい。練習が終わると、チーム関係者の日本人の方が、「みんなでサッカーしませんか。」と、ただの見物人だった我々にも声をかけてくださいました。それが田部さんでした。

サッカーは体育でプレーしたくらいでしたがせっかくの機会なのでやってみました。グルノーブルのコーチもいて、練習用のユニフォームを貸して下さり、

dc012223.JPG

アルプス山脈のおいしい空気を吸いながらドリブルしているの図です。左端が田部さん。

人の出会いは不思議なものです。それから4年後、場所を変えて再び田部さんと出会うのです。

それはプチット リュにたまたまご来店頂いた時です。
「フランスにはいつ頃いたのですか。僕はグルノーブルで仕事をしていたんだよ」と田部さんに尋ねられ、「2006年で、大黒選手を見に行ったことがあります。」と言うととてもびっくりされて、「僕が彼をチームに呼んだんだ」ということで、あ〜あの時、一緒にサッカーに誘ってくださった方と分かりました。

フランスでたまたま知り合ったかたが、FC琉球のGMとして沖縄に来られて、たまたまプチット リュにご来店頂き また出会う。

それ以来、壺屋のご自宅に何度となく呼んで下さいました。

田部さんとの楽しい食事会では、たくさんの素敵な出会いもありました。食事の後はいつも小さなハーゲンダッツが出てきていろいろ種類があり選ぶことが出来ました。それがいつも楽しみでした。

月日は流れ、昨年田部さんはベトナムのサッカーに貢献すべく仕事としてベトナムへ引っ越していきました。

出発日の直前、壺屋焼の育陶園さん主催で田部さんの壮行会も行われ、「実家にあったから新屋さんにこれあげる!」と頂いたのは、

DSCN0015.JPG

われわれを引き合わせてくれた大黒選手の直筆サイン入りのグルノーブル時代のユニフォーム。
この日以来、田部さんとお会いしていないので悲しいですが形見の品となってしまいました。

昨年の中頃、とある人から、田部さんがご病気でベトナムから帰国していることを聞きました。

ずっと心配でしたがようやく今年の2月にプチット リュにご予約のお電話がありました。せっかくのお電話でしたがその日は満席でお会いすることが出来ませんでした。相方が「田部さんの声、元気そうだったよ。嬉しかったな。」と言っていて安心していたのですが・・・

闘病生活の末、一昨日お亡くなりになりました。

フランスと沖縄で偶然出会えたので、病気から回復しもう一回出会えると信じていたのですが叶いませんでした。

誰にも平等に優しくて、常にサッカーに情熱を傾けておられた田部さん。もうあの人懐っこい笑顔が見られません。

大切な人との別れがまたありました。つい忘れがちですが今生きていることに感謝して毎日を充実した日々に出来るように努力していきたいです。

「田部さん、プチット リュをフランスの街角にあるような感じにもっと近づくように頑張るから。見てて下さいね!!
posted by プチット リュ at 02:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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